新米教頭の学校・職員室・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

人生のつけが回ってくるとき

ある先生に対して、先生方の不満がたまっている。

連日だがある先生の話題だ。

教育課程を考えている教務もその先生の態度に精神的にやられてきている。とにかく、「あれはおかしい」「これは廃止した方がいい」「他所からきた私に優しくない制度ばかりだ」と不平不満をぶちまけ、それを聞きたくない気持ちと、どこまでそれらを受け入れてやればいいのか、悩むというより困っている。


また他の先生は、「勝手に私の物を借りようとして、挙句の果てに『その、汚い方でいいから貸して』などと言われた」「『去年と同じ学年をもっている人は、去年と同じことをやればいいのだから、通知表もすぐにあがるけど、私は他所から来て、しかも去年と違う学年だから大変だ。同じ学年をもつ先生はズルい』(言われた先生は去年と同じ学年をもっている)などと言われた。それは、失礼だ」と怒り心頭だ。

また違う先生(体育担当)は、「学期末懇談会の資料に、スキー学習に関するお便りを一緒に閉じてほしいと、職員会議でお願いしたのに、その先生は入れるのを忘れていて、挙句の果てに『そんなこと聞いていないんですけど!』と、詰め寄ってきました」と怒っていた(職員会議の話をきいていない。)。しかも、そういう時に、『口伝えの物が多すぎて困る、明文化してもらわないと分からない!』と、自分が話を聞いていないことを棚に上げて怒っている。

事務の先生も、「あの先生からは、文句しか聞かれない。現職教育の会議から戻ってきた時は(この人は誰よりも早く会議室から帰ってくる)、100%文句をいう」と話す。しかも、『話し合っていることなんてどうでもいいから、早く決めてほしい。ずっと寝てた』と堂々と抜かしていたらしい。


この人は、人の気持ちが分からないんだろうなと思う。「そういうことを口にしたら、嫌な気持ちになる人がいる」ということが本気で分からないのだろう。誰しもが、何かしらに不満をもつことはあるだろう。でも、それを口にしたらどうなるのか想像して、自重するのだろうと思うのだが。だから、みんなその人に文句を言いたいけれど、大人だからその先を想像して、我慢しているのだと思う。

言いたいことを我慢することはよくないかもしれないが、その人に文句を言ったところで、その人は変わらないことも分かっているし、結局めんどくさいことになるということに気付いている。だから、みんな丁寧に無視をしているのだ。

でも、私とか教務はそういうわけにはいかない。

でも、その人が何らかの形でそこに気付かないと、必ず痛い目にあう。

人生のツケは自分にとって最も苦しい時に回ってくるものである。この先生のツケはだいぶ溜まってきたようだ。だんだん、先生方も我慢の限界にきているとみる。そのツケが回ってきた時、誰か助けてくれる人はいるのだろうか。