新米教頭の学校・職員室・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

『雨ニモアテズ』

雨ニモアテズ
風ニモアテズ
雪ニモ 夏ノ暑サニモアテズ
ブヨブヨノ体ニ タクサン着コミ
意欲モナク 体力モナク
イツモブツブツ 不満ヲイッテイル
毎日塾ニ追ワレ
テレビニ吸イツイテ遊バズ
朝カラアクビヲシ 集会ガアレバ貧血ヲ起コミシ
アラユルコトヲ 自分ノコトダケ考エテ カエリミズ
作業ハグズグズ 注意散漫スグニアキ ソシテスグ忘レ
リッパナ家ノ 自分ノ部屋ニ閉ジコモッテイテ
東ニ病人アレバ医者ガワルイトイイ
西ニツカレタ母アレバ 養老院ニ行ケトイイ
南ニ死ニソウナ人アレバ 寿命ダトイイ
北ニケンカヤソショウガアレバ ナガメテカカワラズ
ヒデリノトキハ 冷房ヲツケ
ミンナニ勉強勉強トイワレ
𠮟ラレモセズ コワイモノシラズ
コンナ現代ッ子ニ 誰ガシタ

同僚の先生が、お子さんの学校の懇談会(全体会?)でもらってきたという資料にあった言葉。職員室の事務机に置いてあったのを眺めていたら、コピーしてくれた。


宮澤賢治の『雨ニモマケズ』のパロディ、その名も『雨ニモアテズ』である。どうやら作者は不明らしい。

ついつい読みいってしまった。

現代っ子を風刺的に表している。

書かれていることを一つ一つ見ていくと、なんだか情けなくなってしまう。「そのとおり」としかいえない。

『コンナ現代ッ子ニ 誰ガシタ』

まさしく、我々(よりもっと前の?)大人であろう。

過保護でありながら、どこか放任的で、かつ自分と自分の子どものことばかりしか考えないため、気にくわない何かあるとすぐにクレーム。上手くいかないのは、他人が悪いという感覚が多いなと思うし。

その結果、『コンナ現代っ子』になってしまったのだろう。

学校だけではどうしょうもない。でも、家庭に委ねるだけではもはや手遅れだ。
「開かれた学校」「地域連携」などといわれている。
学校、家庭、地域で子どもたちを見守るような以前の社会って、それなりに意義があったんだろうなと思う。