新米教頭の学校・職員室・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

子どもは見ている、感じている【先生の贔屓】

娘が、
「これって贔屓だよね。」
と言う。何が贔屓なのか聞くと、担任の先生のクラスの子どもに対する対応の違いに納得がいっていないらしい。

どういうことかというと、国語科の授業でのことのようだ。その時間は「要約」の学習をしたとのこと。文章を要約し、それを先生に見せて、オッケーをもらったら合格ということらしい。
その時の先生の対応が人によって違うというのだ。

勉強がよくできる子どもが要約をもっていくと、「ちょっと長いから、ここをもう少し削ってみたらどう?」などとアドバイスをするという。しかし、あまり勉強が得意ではなく、宿題とかもなかなかできない子どもがもっていくと、「長い!」とだけ言って、突き返してしまうらしい。

そんな様子を見て、「かわいそうに思った」「できないから教えてもらわないといけないんじゃないのかなと思った」「逆にできる子は突き返してもいいと思うんだけど」などと思ったと娘は言う。


正しくそのとおりである。明らかに贔屓であり、できないからこそ個別に支援をする必要があるし、できる子だからこそ、自分で考えさせることが大事なのである。

それを見透かした娘はすごい。いや、おそらく、子どもたちはしっかりと見ているし、感じているのである。

3年生の時の担任発表では、初任の先生になり喜んでいた娘。


でも、持ち上がり4年生の2月、最近の娘は担任の先生の愚痴を多く言っている。先生のことを見て、感じていくうちに、疑問点、不審点を覚えているのである。
これがより明確になり、その不審が広まると、学級崩壊になっていくのかもしれないなと思う。

省察だ!