しがない教頭の学校・職員室・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

「あの子(人)がいないと平和だ」

先日、不平不満ばかり言う先生が休みをとった。
正直、「あの先生がいないと平和だ」と思ってしまった。職員室の雰囲気もよく、どこかポジティブな集団でいられたように思える。

でも、出勤すると、やはりどこか雰囲気が悪いように感じてしまい、気持ちが萎えてしまっている自分がいる。「また不平不満をいっている」「イライラしたような表情をしている」「次は何をいってくるだろう」等々、そんな見方をしてしまう。


ある先生がこんなことを言っていた。
「今日は、◯◯ちゃんが休みだったから平和だった」と。この「◯◯ちゃん」はクラスのトラブルメーカー。なにかあると、ちょっとしたことで「◯◯君に◯◯された(気がする)」「◯◯ちゃんに仲間はずれにされた(気がする)」「◯◯君が悪口を言っている(気がする)」と、毎日のように担任に訴えてくる。話を聞くと、どうやら思い込みだったり、自分にも原因があったりで、なかなか難しい。だから、この「◯◯ちゃん」が休みだと、そのような訴えがないため、担任としてはイライラせずにその日を過ごせるらしい。


「不平不満をいう先生」と「◯◯ちゃん」。同じような見られ方をしているんだなと思う。

共通していえることは、2人とも「満たされていない」ということだ。他者からどんなにのよいことをいってもらったり、認めてもらったりしても、そのよい評価に満足することができないのだ。それは、自己肯定感、自己有用感、自己存在感の低さである。自分が、自分自身に対して、評価してあげていないのだ。そんな「評価されていないと思い込んでいる自分」を守るために、他人を口撃したり、不満をぶつけたりするしかないのだ。そして、そんな自分をまた嫌に思い、、、そんな自分のいる環境にも嫌気が差していく。つまりは、自分以外の「ひと」「もの」「こと」すべてが敵なのである。


この先生や◯◯ちゃんがいないと集団は平和になるが、この2人が平和になることは、このままでは難しい。自分自身が平和になるためには、自分自身を平和にしなければならず、そのためには、自分自身を認めてあげなければならない。

それができるようにするにはどうしたらよいのだろう。。。