しがない教頭の学校・職員室・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

『失礼します。◯年の◯◯です。◯◯先生に用があって来ました』

表題のやり取りは、職員室でよく聞かれる子どもの言葉。

職員室に入るときの礼儀作法とでもいうものであろうかと思う。それこそがこの作法の意義なのだろう。

しかし、今日、この言葉を聞いて疑問に思ってしまったことがある。

それは、本当に子どもたちは礼儀を重んじて言葉を発しているのだろうかということだ。

ある6年生の子どもが、
『5年の◯◯です。・・・』
と職員室に入ってくる。また、ある5年生の子どもが、
『4年の◯◯です。・・・』
と職員室に入ってくる。そして、ある4年生の子どもは、
『3年の◯◯です。・・・』
となり、こうなると当然3年生は、
『2年の・・・』
で、2年生は、
『1年の・・・』
となるのである。つまり、前の学年のクセが抜けていないのだ。

何も疑問を感じずにこれらの言葉を聞くと、「この礼儀作法が定着しているのだな」と感心してしまう見方もできるかもしれない。

しかし、そうではなく、前の学年のクセが抜けていないというのなら、結局は礼儀などという意識はなく、ただ機械的にパターン化した言葉を発しているだけと捉えることもできるのだ。

確かに、子どもたちに職員室への入り方を指導するときに、意義的なことはしっかりと伝えることなく、ただ、「職員室に入るときは、『◯年の・・・』というんだよ」と言わせているだけのことが多いのが事実。まあ、機械的に言わせることで、礼儀的なことを習慣化させることもできるだろうが、本当の意義が伝わらないし、そこには心はこもらないだろうなと思う。


当たり前に行なっている習慣化されたことは、どんな意義をもっていて、そしてその意義を子どもたちはどう捉えているのかということを考えることはとても大切なことなのではないかと、改めて感じてしまった今日の職員室での出来事であった。