しがない教頭の学校・職員室・生活日誌

高いアンテナ・豊かな発想で生活を明るくするためのブログ

【意義】「俺はマスクはいい(いらない)」

とにかくマスクが手に入らない。でも、マスクを着用しなければならない。その矛盾というかジレンマというか、、、一体どうすればよいのか。

子どもたちの中にも、手作りマスクをしてくる姿も多く見られるようになり、やはりど田舎でもマスク不足は変わらず、本当に手に入らなくなっているんだなと感じる。

とりあえず、ネット注文で100枚ほど確保したが、注文してからだいぶ経ってから届いたため、計画的にチェックしないとすぐにまた底をついてしまいそうだ。


先日、こんなことがあった。
勤務校では、地域の方々の協力が厚く、何かにつけて本当によくしていただいている。そのため、地域の方が来校することも多い。

しかしながらこのご時世。来校時のマスク着用をお願いしているのだが、先にも述べたとおり、マスクが手に入らない。そこで、マスクをしてこない方には学校のマスクを使っていただくようにしている(そのマスクも段々と底をつきそうなのだが)。

そんな中、あるご高齢の方が来校した。マスクをしていない。そのため、マスクを提供する。しかしその方は「俺はマスクはいい」と口にする。そういうわけにもいかず、ぜひ使ってほしいと話し、マスクを渡そうとするが、「マスクをすると、息苦しいから俺はいらねぇから」という。

話を聞いていると、遠慮しているわけでもなく、どうやら「俺のことは気にしなくてもいいから」「俺は大丈夫だから」という気でいるようだ。


おそらく、マスク着用の意義を理解していないらしい。その方は「マスクは、感染症にかからないようにするためのもの」というふうに思っているようであり、だから「自分はかからないように気をつけるから」「自分はかかっても大丈夫だから」とでもいっているのだと思われる。

でも、こちらとしては、その方が感染症にかかるかどうかというより、その方から子どもたちや教職員に伝染されないようにしたいということなのだ。つまり、マスクの意義は「感染症にかからないようにするため」だけではなく、「感染症を周りに広げないようにするため」のものでもあるのだ。
その意義の理解がたりないのである。

もしかすると、このように、マスク着用の意義をしっかりと理解できていない人が少なからずいるのではないかと思う。そう思うと、結構怖いことである。空気中のウイルスに加え、人も気にしなければならないのだ。

いつまでこのような状況が続くのだろう。。。